十年以上の時を経て、再び訪れたその日—— 台湾からすみの記憶

十年以上の時を経て、再び訪れたその日—— 台湾からすみの記憶
ここ数日、店頭に一組の大家族のお客様がいらっしゃいました。少し異なるアクセントの日本語で会話をしながら、いつも通り台湾旅行中のお客様をお迎えするように、ゆったりと話し、説明し、試食をしていただきました。店内の雰囲気はとても自然で、皆さん楽しそうに会話をされていました。
しばらくしてから、会話の中でお客様がそっと教えてくれました。十数年前に、吉利號(ジリハオ)の台湾からすみを食べたことがあり、その味が今も記憶に残っていると。
今回の台湾旅行は、偶然立ち寄ったのではなく、その味をもう一度買うために、わざわざ遠回りして安平まで来たのだそうです。
十年以上という時間が経っても、ひとつの味の記憶のために、再び訪れてくださる。その事実に、私たちは心から胸を打たれました。
「通り道ではなく、この味のために」
この言葉を聞いた瞬間、今回のご来店が、一般的な観光とは少し違うものであることを実感しました。
それは、記憶の中に残っていた味を、「今も変わらず存在しているか」を確かめるための旅。
長い年月の中で、ずっと覚えてはいたけれど、なかなか再訪する機会がなかった。そして今回、ようやくその想いを叶えに来てくださったのです。
食品を扱う仕事にとって、時間は最も厳しい試練です。
市場も環境も変わり続ける中で、十年以上経っても「同じ味」を求めて、わざわざ足を運んでくださる方がいる。
それは、味だけでなく、作り方や姿勢そのものへの信頼だと感じています。
記憶の中の味は、今もそこにあるのか
試食の時間は、とても穏やかなものでした。皆さん笑顔のまま、ゆっくりとからすみを味わっていました。
食べ終えたあと、軽くうなずきながら、こう一言。
「やっぱり、美味しいですね。」
多くを語らない、素直な言葉。けれど実は、一度「美味しい」と言われるよりも、十年以上経って、再び食べて失望されないことの方が、はるかに難しいのです。
それは味だけではなく、原料の選び方、製法、基準、そして長年ぶれずに守り続けてきた方向性の結果だと、私たちは考えています。
覚えていてもらえることが、何よりの証
今回ご一緒に来られたご家族の中には、杖をつきながら歩かれるお父様の姿もありました。
特別な演出はなく、ただ自然に会話をし、笑顔で商品を選ばれる。その穏やかな時間から、この訪問が「ついで」ではないことが、静かに伝わってきました。
吉利號にとって、大切なのは一つの販売ではありません。
長い年月をかけて積み重ねてきたものが、きちんと誰かの記憶に残っていたこと。そして、再び確かめに来てもらえたこと。
十年以上経っても、覚えていてもらえる。肯定してもらえる。
それは、これからも変わらず作り続けていく理由として、十分すぎるほどの価値があります

